コミットさせない

 最近、数回お話させていただいたKさんとの話の中で盛り上がった点を一つ。

 コーチングの個人セッションでは、最終的に自分が作り上げた目標やプロセスにコミットすることが一般的だと思いますし、私もケースによってはもちろんコミットするタイミングを設けています。
 ただ、場合によっては、コミットさせないケースもありますよね?というのがKさんと意気投合した点です。

 私の場合は、次の2点に留意しています。

  1. 相手がどのタイミングで納得するか?
  2. 自らコミットするか?

 個人セッションで無視してはいけないのは、クライアントが納得しているかどうかということです。損なのは当たり前だと思われる事柄ですが、クライアントが納得するのは個人セッションのあとの場合があります。実際にやってみて、初めて納得される方も結構いますし、初めてのことをやる場合には、むしろ目標とプロセスに憶測を含んでいるので、本当の意味でコミットできるのは、動き始めてからになると思います。

 2点目の自らコミットするかどうかは、当然クライアントの動きなのですが、コミットは「させる」ものではなく、自発的にするものだと思いますので、あえて「コミットさせない」という選択肢を私は考えています。対等な関係であれば良いのですが、例えば上司と部下の間での個人セッションであれば、コミットさせる瞬間に上下関係が生まれてきてしまいます。

 Kさんはこのあたりを明確に使い分けているようでして、勉強になりました。特に解決志向のプロセス形成においては、まだ起こっていないことに取り組むわけですから、この考え方は重要ではないかと感じています。

 久しぶりに、まじめなコト、書きましたね。。。。私。

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話の歪曲???

 話を面白くするために、ちょっと膨らますということはあると思いますが。。。。

 上海への出張があり、ウォーキングがてらホテルの周囲を見て回りました。
 横断歩道を渡るとき、ちょっとバイクと接触して、警察を呼ぶことに。バイク側が100%悪く、私のケガもなかったので示談でした。

 周囲の日本人スタッフに話そうかとも思いましたが、どんな風に話そうか?どんな質問が来るか?なんて考えているうちに、なんとなく自分で話を膨らませているのがわかりました。別に自分としては悪意はないのですが、「今思えば・・・?」の「・・・」の部分が付け加わって行ったり、共感を求めるために付け加えようとしてみたり、関係のない人にも話してみようとしたり、と。
 そうこうするうちに、なんとなく「事実」の部分を語るのが違っているように感じました。

 ですので、聞かれたとき以外は応えないように、自分の中ではこの話は終了。

 NLPでのメタモデルになると思いますが、事実と感情を切り分けられるようにならないと、「思い」の部分がどんどん捻じ曲がって行ってしまいますね。実感です。これは。

 まぁ、まずは、左見て、右見て、左見てを徹底しないといけなかったのですが。(中国なので、左右が逆)

 気をつけましょう。。。

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J-SOL ONEでの発表準備①

 いろいろなカテゴリー分けもあるようですが、私の場合はビジネスコーチング(パーソナル+チーム)がメインの領域。ソリューションフォーカスの青木先生から声をかけていただき、J-SOL ONEでの発表の機会をいただきました。

 J-SOLとは何ぞや?という方が大半だと思います。詳しくは、下記サイトにて、じっくりとごらんください。

J-SOL ONE
第一回日本ソリューションフォーカス活用事例共有大会
2008年4月27日(日)
@秋葉原 UDXカンファレンス

http://www.j-sol.org/index.html

 私も分科会での発表の枠をいただきまして、ただいま準備中!
 昨日も2時間くらいですが、打合せに参加させていただきました。(上海からの帰国日でしたので、夕方だけになってしまったのです)
 皆様、いろいろな経験をされていて、良い刺激をいただきました。
 まだ手をつけていないのですが、これまでに準備したプレゼンを、もう少し来場者目線の内容に書き換えようと思います。

 多くの方に来てもらえると嬉しいなぁ~

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一つ、取りまとめ終了

 私どもの遠方の工場に行ってきました。懸案の増産体制構築の具体策の最後の詰めです。
 ほぼ具体策は決まり、その結果を本社の幹部会で提示して、ゴーサインをいただきました。

 今回の取り組みに中では、現場の方や経営層が、増産を見据えたときに必要となる人員や機械を何の資料もなしに想定していたのですが、私が数値をまとめていってみると、これがまた、ピタリと合うんですね。面白いくらいに。確かに数値は重要なのですが、現場の感というものはさらに重要であることを痛感しました。(これがあるので、現場にとことん聞くのは面白いのです。)

 あと、私は数回、工場に行って打合せをしましたが、あとから振り返れば電話でもできたかもしれないという反省もあります。とはいえ、話が始まった段階では人間関係もなく、どのような状況かもわからなかったので、私とすれば勉強させてもらいながらできたことは非常に大きいです。さらには、徐々に進んでいった話ではありますが、膝を突き合わせて話したときにありありと進んでいくことも実感しています。その場にいて考えて、納得して進んでいんですね。メールだけではこんなことはないです。

 まだまだこれからが本番ですが、立上げ屋さんとしては一仕事完了です。
 なかなか、良い仕事の区切りになっているのはないか?という実感です。

 今週は海外拠点での次の仕事に向かいます。

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その場で解決策実行を

 質問によって気づきをうながし、結果として相手を行動に導くことがコーチとしての立場なのですが、現場のマネージャーとして動く場合には、質問して状況を明確にしながら、自らと相手がどのように動いていくかを決める必要があり、この峻別が悩ましいこのごろ。

 いろいろと案件を抱えている関係で、どのレベルの話を人に振り分けて良いかの判断が雌雄を決する場面もあります。

 最近の例ですと、手違いにより発注できていないケースがありました。これは、立場上は私の部署は善意の第三者なのですが、お客様を抱えている以上、会社としては問題ありなので、うながす立場として解決のフレームワークを作りました。あとは、担当者が製作指示の書面と図面を手配してくれれば終わりです。
 この例では、クレーム処理的な状況で、どのようにマイナスとなっている部分をゼロまで戻すかということが主眼なので、立場はどうあれ、即時対応するのが良いという判断です。
 時にはでしゃばり過ぎになってしまうこともあり、人の心とは難しいもの。確実に上手くいく方法はないかもしれませんが、その場(現場)で対応することで、それなりに成果は出せるのかな?と感じています。プレイングマネージャーは、こういう意味でもプレイヤーなのか?マネージャーなのか?悩みは尽きないですね。

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営業は受注するのが仕事

 常日頃、私どもの営業トップは、「営業部は受注を取ってくるのが仕事」と仰ってます。もちろん、他部門で処理すべき事柄に営業部を巻き込まず、きちんとやってくれ!という意味も込められています。
 でも、この「受注」するということは、リピート品であればまだしも、初回はいろいろな判断が入ります。今回、開発物の案件がありましたが、どこまでやるのか?会社全体が頭を悩ませていました。お客様の要望が、ちょっと100%を越えたところまで行っていたからです。
 「受注」という言葉と引き換えにどこまでやるのかを決めるのは、営業部門だけではできないこと。今回はその後の生産体制をどのレベルで行うかを決める必要があり、意思決定に時間がかかりました。
 結局はお客様との本音トークでお互いが納得の行くラインで話が収まり、ほっとしています。
 私たちの営業部門は御用聞き営業ではないところまで高めようとしてくれているので、今回の議論は非常に有益でした。(細かいところまで書きたいですが、守秘義務があるのでご容赦を)
 あとは、開発品を納期どおりに納めるだけ。この2週間が頑張りどころです!

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メールは意思決定機関???

とある案件について、今後どうしようか?と社員同士で検討している案件がありました。

話が進み、全体で取り組むために会議にかけようということになり、事業部から提案してもらいました。

私は会社全体で取り組む課題についてはコーディネイトする立場なので、議決を受けて進めようと考えていましたが、会議なのでご相談の場ではない!とご叱責。これは当然ですね。

私としては、選択肢の一つでしたので、事業部長からの意思決定を受けてから進めようとしていたのですが、とある方から、「○○君にもメールは入っているんだから、やれっ!」といった発言を受けました。

メールの発信の恐ろしさですね。

この程度のことでは私も動じないくらいに強くなってきたので、別に問題視するつもりはないですが、メールの送受信と組織としての意思決定が混在するのは、ちょっとあり方としてはいただけません。というのは、「権限を与えること」とは、今回の件で言えば、臨時の案件でマネジメントを私がやることを組織全体が了承していることになります。メールで内容が伝わることとは別の話と感じる私は古い人間なのでしょうか?(投資と経費で数千万円規模の想定なので、そんなに軽い話ではない・・・)

少し愚痴が混ざりましたが、もう少し、こういったところをその場で反論すべきでしたね。反省しています。

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悩みどこは一緒!?

 テレビを見ていたら、東京都の石原都知事の記者会見の模様が放映されていました。
 年頭なのでどんなことをお話されるのかと思い聞いていました。

「いやー、それはね、いくつもありますがね。小さな指摘のようでね、実は大事なことでね。ちっちゃなことができない人間は大きなことはできないんだよ。ちょっとしたこともね、気をつければいいことを気が利かないからやるんでね。ちょっと前はね、ライン化を阻止するために言いたいことを言ってきて人も変えてきたりもしたけれど。ちょっと、たるんできたね、都庁は。特にオリンピックみたいな新しいことをやると、他人のやっている仕事に無関心で、ちょっと気を利かせればずいぶんとみんなのためになるのにやらないね。これは私、ならびにそこに並んでいる偉い人たちの責任だな

 これってどこでも見失われがちな、重要なこと。でも、できていないんですね。

 あらためて、自分がやるべきことを再認識させられました。
 本当は、都庁にお勤めの方だけではなく、別の何かを意識された発言かもしれませんね。

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やはり、動き方がわからない?

 いろいろな部門との関わりの中で仕事をさせていただいていますが、スキル(能力)はあっても、動き方がわからずに立ち往生しているケースを、この2週間くらいの間に何件か見てきました。

 最近、稲盛和夫様の著書、「生き方」を拝読していますが、その中で氏が紹介されている「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」という式にあてはめて考えれば、「考え方」が違うように感じています。
 仕事への熱意もあり、能力ももちろんあります。
 ただ、話を伺っていくと、聞こえてくるのは何らかの「俺の仕事じゃない」部分の言葉でした。それなりの正当性はありますので、批判するつもりではないのですが、一部分の決定権がないために全体が止まってしまっています。彼らの対応している仕事が部分的になってしまっているのです。

 完全な組織や完全な経営などはありえません。一時的にあったとしても、時間の流れとともに不完全になってしまいます。

 映画やドラマで言えば、オーディションが終わった状態で、かたやで脚本や演出が決まっていないような状態ですね。(このたとえは、本当はおかしいのですが。)

 いずれにしても、まずは「俺の仕事じゃない」=「全体が止まるぞ!」という危機感を持ちたいものです。もし、自分が止まっていることが全体への影響がないということであれば、そもそもいらない仕事なのですから。

 今回は、間をつないで全体ストーリーを組む仕事もしてきましたが、これだけで全体が動き始めるのを実感しています。やはり大事なことは「人と人の間」にある何かを調えることなのかな?と感じています。

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新たな機会はやはり口コミ

 社内で声をかけていただいた方の部署で、ビジネスコミュニケーション(コーチング)の研修を何回かさせていただきました。
 その効果を考えると、私としては「どんどんやりましょう」と言いたいのですが、ちょっと信頼されないかもしれません。

 この間、とある会議で、以前私がさせていただいた研修のことが話題になりました。研修があったことすらない部署の方は、どんな研修なのか?興味を持っていただきました。
 私としては、ある程度の実績とともに他部署への展開をさせていただこうかと考えていましたが、同席の顧問から、「結果を出すのは受講者。すべての部署にやらないのは不公平!」のお言葉。

 こういった言葉は、自分以外の方に仰っていただくのと、なんとその重みが違うことでしょうか!

 いろいろな意味で円滑に進められる、きっかけをいただきました。

 ありがとうございます。

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