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自分の「ワクワク」を確認する

 コーチングを通じて感じたことを言葉にするのは慣れてきているのですが、その一方で言葉にできていない感覚もあります。

 今日は、久しぶりの親孝行ということで、姉のところに行っていた両親を迎えに行き、山梨の家まで送り届けることに。ついでといっては言葉が違いますが、母が行きたいと言っていた巣鴨(とげぬき地蔵様+○○の原宿?散策)にも行ってきました。これを決めてから数日間というもの、なんとなく楽しい気持ちなんですよね。不思議なことに。自分としては仕事も極端に忙しく、滅入ってしまって当然の状況だったんですが。

 時間がとりきれなかったので、巣鴨散策の十分な計画は立てられなかったのですが、どんな風に母を楽しませようかと考えている時間は、私にとってとても楽しいもの。
 そう、自分の「ワクワク」の感覚の一つが、「人を楽しませること」なのを思い出しました。

 両親にとっては、車でのお迎えは旅路を少しばかり楽にできたと思いますが、私にとっては仕事に押され気味で忘れかけていた感覚を再確認、いや再発見できた、良い機会でした。

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不要な表現?

 最近、とある人からの話を聞くと、必ずと言って良いほど不要な表現が入ることで困っています。そして、必ず聞き返します。
 どんな「不要な表現」かというと、たとえば私への報告のうち、

 「○○ということであれば、チャンチャラおかしい話で、△△というのが良いのではないか、ということです。」

 「チャンチャラおかしい」とお客様に言われたのであれば、私たちとしても相当の状況を覚悟しなければなりませんので、この言葉を本当に先方が使ったのかと聴くと、そうは言っていない、とのその人からの答え。こんなやり取りが珍しくありません。

 ビジネスの現場での自分の意識ができていなかったり、あるいは私の教育ができていなかったりなど、原因はいくつも考えられると思うのですが、私としては、今までに経験のないこと。自分の不利になることは言わなかったり、都合よく解釈していたりするのであればわかります。私に冗談を含めて報告してくれている雰囲気でもないですし。

 報・連・相の徹底をはかろうとしているときに、これまでにない新たな悩みの種が生まれてきました。
 今は、交流分析で言うところのアダルトモードで事実と切り分けながらやり取りしています。
 ただ、根本解決はしばらく先になりそうです。

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