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帰るところがなくなる

 通っていた保育所は統合でなくなり、今は某企業の無人施設に。
 高校も統廃合でなくなり、校舎はすでに別の所管に。
 大学も統廃合で変わり、また、指導教官の退職と学部などの統廃合で事実上の消滅に。

 戻って何をするということではないけれど、今の自分の対極には過去の自分が居るわけで、こういった変化があると、ちょっと寂しい気持ちになります。変化することは良いことと分かりながらも消え行くことの悲しさを感じます。

 ライフデザインを行なうときには、これまでの自分をきちんと見据えるステップもあります。いわば自分のアイデンティティを確立してくるに至ったプロセスをアンカリングしてくれるコト・モノはたくさんあるわけですが、生活の場や仕事・学業の場は気持ちの上で占める割合が大きいように思います。

 以前、日本人は農耕民族だから良いが、騎馬民族や移住するのが普通の民族にとっては一期一会の感覚がはるかに思いと聞いたことがあります。
 農耕民族であれば、明日もそこにその人が居るのは当たり前といえば当たり前。
 だから、その時々をもっと大切にするということが自然になるんでしょうね。

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運が良いという言葉

 今日は、とあるトラブルの解決を要す日でした。もちろん原因は私の理解不足といい加減さ。金額にしたら、もしかしたら一生かかるくらいの額になるかもしれないくらい。
 それぐらいに影響があることについて、お客様には問い詰められながら、関連する業者さんに電話しました。
 ダメといわれても仕様がない状況の中で、答えは大丈夫とのこと。上司も問題視して叱責せずに待っていてくれました。
 本当に生かされているのだな、と感じた瞬間です。

 これを「俺は運が良い」と考える人もいるかもしれません。ただ、今日の私にとっては、こんな言葉で考えるだけで奢った自分になるようで、とても考えられない言葉。

 良い経験をさせていただきました。

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お見舞い

 大変お世話になった先生のお見舞いに伺いました。
 ただ、先生はお休みになっており、起きているときも以前とはまったく違い、意識も薄れているご様子。
 自分の身のドタバタもあり、また、研究・開発に関するこれまでの経緯もあったのですが、実は病状を知りながらお見舞いに伺っていませんでした。
 先生の奥様に、「どちらから見えられたのですか?」と聞かれ、正々堂々とは同じ県内ですとは言えませんでした。
 反省するばかりです。

 忙しさに心を奪われ、何か大切なことを見失っていた自分です。

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